きたていっくのいつでも休憩中。その3

オリジナル幾何学アート&自家栽培ひょうたんランプの紹介、日々の日記を兼ねて。

障害者雇用で働いていた頃の話&新作絵『赤い四角』

こんにちは!

昨日迄の雨がやんでまた夏らしい天気がやってきました。

今日は朝7時まで寝れたので朝散歩は休みました。

夕方ごろになって日差しが弱まり気温が下がったら少しだけ歩こうかなと思っています。

朝から新作の絵を描いたのですが、描きながら何故か12年ほど前に障害者雇用で働いていたころの記憶が次々と出てきました。

今日はその頃の記憶を探りながらブログを書いていきます。

元々就労継続支援B型作業所に5年くらい通っていて、随分作業もできるようになってきた頃に障害者雇用枠の仕事に就くことが出来ました。

それは金属加工の仕事で結構な重労働の仕事内容でした。

金属部品を会社のトラックで取りに行って作業場へ持ち帰り、バリ取りをしてまた親会社に納品するという仕事。

本当に大変でした。

金属部品が重いのなんのって。

その部品も何百とあって、それぞれ加工する部分が一個一個違うので覚えるの必死でした。

障害者雇用とはいえ多分健常者の仕事よりもきつい仕事だったと思います。

そんな仕事を何とかこなしていたため「おまえ病気じゃないだろ」とさんざん言われていました(笑)

統合失調症の人って、かなり状態が悪化した人を除いて、実は見た目は普通で、僕も見た目では健常者にしか見えないと思います。

雇用してくれた社長は見た目が普通な人は障害者とは見なさないといった感じで、結局社員は僕一人にして他はみんなバイト。

その上、僕のような障害者雇用の社員の言う事は、バイトの人は従ってくれないし💦

結構厳しい雇用環境だったと思います。

2年ほど勤めた頃、精神的に限界が来て社長に相談したところ、そんな甘えたこと言うやつには、仕事三倍にしてやるぞと言われました(笑)

今までそういう人にはそうしてきたそうです。

とても疑問があって「でも、その対応だと最後はみんな辞めることになりませんか?」って聞いたら、実際みんな辞めていくって言っていました。

僕はその時、社長のその考え方はお互いにとっていい事一つもないと思いました。

結局、続ける事は無理だと分かって辞めることになります。

周りの障害者仲間には「会社に迷惑かけた」だのめちゃくちゃヘタレ認定されたけど、何を言われようがあの時やめた判断は正解だったと思う。

続けていたら多分死んでた。

もしあの時、ゆっくり半日にでもして、調子を戻していこう、とか会社から優しい対応されていたらもしかしたら続けていて、今のように作品制作などできなかったかも。

だからあの厳しい考え方の社長に今は逆に感謝している。

お金はないけど毎日楽しく作品制作に打ち込める生活は、あの時社会から一気に叩き落されたから実現したのは間違いないです。

物事には裏と表があって、意外と最悪な経験って10年ほどたったら宝物だったってことないですか?

僕にとっては2年間だけだったけど社会の中に入ることが出来た事は本当に宝物だったと思っています。

いや、これからも一生宝物として大切にしていきます。

色々と腹立つ事はあったけど、社長や同僚、関わってくれた人達に今は感謝しかないです。

 

今日の作品『赤い四角』

今回も新しさを探しながら制作しました。

約7時間ほどで完成。

単純な為か手応えは薄め。

やっぱりもっと細かいのがいいのかな…。

いや、これはこれでいいと思う。

模様一つ一つ描くことが経験となって、今後描くものがどんどん洗練されていく気がします。

本当に一瞬一瞬が宝物。

作品制作においても、障害者雇用で働いていた頃みたいに全力で向き合っていこう。

あの経験と比較したら、大体のことは乗り越えて行ける気がする。

kitatikはまだまだこれからです!

今回も見ていただいてありがとうございました。

それではまた!